Wait For Me / Daryl Hall and John Oates真夜中も、もうほとんど終わりかけ
夜の魔法で引き寄せられた2人の時も、もう尽きようとしている
君ができる限りのことをしてくれたのは、僕にもわかってる
でも、もう一度だけチャンスが欲しい
2人をつなぐ努力を、まだ全てやり終えてはいないはずだから
待ってていて、お願いだから
僕を待っていて
いいんだ、こう思うから
僕が君に願うべきことよりも、ただ待ってくれることの方に意味があるって
待っていてよ、頼むから
僕を待っていてよ
街明かりがどんどん消え行くのを、わかってはいるのだけれど
ホール&オーツ、好きなんですよ。
まぁそれはさておき。
電王劇場版の撮影がピークなのか、昨晩はブログの更新がお休みになったようですね。
YURIKOgnitionさんでもご指摘がありましたが、今年初めから白鳥さんは、どんな忙しい日も、海外に行ってる時でさえ、更新を欠かさずにいてくれました。
一日のハードスケジュールを終えた状態でPCの画面に向かうのは、皆さんもお分かりの通り正直かなりしんどいものと思います。
それでも白鳥さんがエントリをアップしようとするのは、そこが「
特別な場所」だからでしょう。
雑誌「
HERO VISION」を購入された方は白鳥さんのインタビューをお読みになったと思いますが、そこで白鳥さんは、自分にとっての人生を変えた出会いは「ブログ仲間」との出会いだ、と語っています。
ブログは「自分を見つめなおす場所」だとも語っています。
以前のエントリでは、ブログにコメントしてくれる人たちを「自分のスタッフだと思っている」とも語っていました。
独りで、不安で、くじけそうなのが・・・本心
でも、ブログを見ると「独りじゃない みんながいる」って本気で思っちゃうんです
私の夢をかなえることが、皆さんへの恩返し
白鳥さんにとって「”そのまま”ダイアリー」は、故郷を離れ女優としての歩みを始めた自分を応援してくれる人たちと出会い、その人たちの「心」に触れることができる何ものにも変えがたい、貴重な場所(時間)なのなんだと思います。
「ブログ仲間」。
「ファンの皆さん」ではなく、「仲間」だという辺りに白鳥さんの目線を感じる事ができます。
「女優」→ファンという図式ではなく、コメントをする側も、エントリをする側も同じ立ち位置にいるという意識。
だからこそ彼女は、寄せられた(「仲間」からの)コメントは全て目を通すことを自らに課しているのだと思います。
厳しい言葉も中傷も、真摯に受け止めようとしてくれているのだと思います。
そして毎日、できるだけエントリをあげようとしてくれているのだと思います。
ファンの側は、そんな白鳥さんに甘えてしまってはいけないでしょう。
更新はされるもの、楽しみにしているんだから更新してくれないと、というのはファンの傲慢でしかありません。
(タレントなんだからファンにサービスして当然だろ、というのも意見としてはあるかと思いますが、少なくとも私はそこまでタレントさんに多くを求めようとは思いません)
だからと言って「更新なんてしなくていいよ、疲れてるでしょ?」とコメントすることも違うような気もします。
エントリがあれば「お疲れ様、ありがとう」、無ければ次の更新の機会を待って寝床に入ればいいだけです。
仲間に対するように、フラットでいればよいのではないかと思います。
また、「ブログ仲間」という白鳥さんの言葉には、今日来てくれたご新規さんも、1年前からの常連さんも、皆同じだよというメッセージが込められていると私は思っています。
同じネットの中にいる、白鳥さんを応援する(してくれる)人のひとりであると。
そこにはファミリーもメジャーリーガーもありません。
ネットリテラシについては少なくともネットを利用する人間としてある程度修得して欲しいとは思いますが(荒らしや誹謗中傷はスルーする、など)、どんな人もみな等しく白鳥さんのファンであることに変わりはありません。
新しくファンになったひとがコメントし易い場であればいいな、と私は思います。
「”そのまま”ダイアリー」はある意味、白鳥さんの(今となっては)ごく限られた「プライベート」なのかもしれません。
私のような「ブログ仲間」ではない人間が言うことでもないのでしょうが、白鳥さんにとってブログと向き合う時間が安らげる、息抜きのできる時間であって欲しいなと願ってやみません。
ブログの存在自体が、白鳥さんが夢を叶えることの妨げにだけは、ならないで欲しいと願ってやみません。